フランスの旅 3日目 Versailles②

それでは宮殿内を楽しみましょう


1630年にルイ13世が庭付きの「狩の館」を建てたことから始まり、造営に本格的に取り組んだのがルイ14世です。ヴェルサイユは「廷臣を自分のそばに住まわせたい」というルイ14世の望みを叶えるのにふさわしく、十分な広さがありました。
太陽王とも呼ばれたルイ14世の意向に沿って権力を反映する形で生まれ変わったヴェルサイユは1682年〜1789年まで絶対王政の中心地となり、その象徴ともなりました。


    
王室礼拝堂



手すりが素敵


王室礼拝堂は1689年から着工し1710年に完成しましたが、ルイ14世は5年間しか使用できませんでした。1710年〜1789年まで王は聖体を授ける大きな宗教行事、聖霊騎士団の式典、フランス王の子女の洗礼・婚礼のためだけに入ったそうです。



マルスの間


マルス(火星)は惑星であると同時に戦いの神でもあり、部屋の装飾全体が軍を題材にしているのは儀式の間の衛兵の間として使用されていたからだそうです。



マルスの間



メルクリウスの間


メルクリウスの間は元々「寝台の間」の名の由来となった「グラン・アパルトマン」の儀式用寝室だそうです。1715年9月2日から10日までルイ14世の遺体が安置されていました。


戦争の間


鏡の回廊


戦争の間は1678年にマンサールが着手し、1686年にル・ブランが「ナイメーヘンの和約」にいたる軍事的勝利をテーマにした装飾を完成しました。


鏡の回廊で係りの人以外だーれもいれずに撮影できました



鏡の回廊


17世紀に名づけられた大回廊は短時間の訪問、待ち合わせや交流の場として使用され、宮廷人や一般来訪者が頻繁に出入りしていました。儀式の場となることは稀で、君主が外交レセプションや王族の結婚に際し開かれる舞踏会やゲームといった余興に使用されました。
1770年5月、マリー・アントワネットと王太子(ルイ16世)の婚礼の仮面舞踏会が行われ、1919年6月28日、第一次世界大戦の終わりを告げるヴェルサイユ条約の署名も行われました。



鏡に映る私たち



牛眼の控えの間



王の寝室


牛眼の控えの間は廷臣たちが王の寝室への入室許可を待っていた場所だそうです。


王の寝室は王が在室の時の入室は礼儀作法で規定されていましたが、不在の時はあらゆる人が見学できたそうです
1715年9月1日、ルイ14世はこの部屋で亡くなったそうです



王妃の寝室


王妃の寝室は一般公開された出産の場ともなり、19名のフランス王の子が出生したそうです。



窓からの眺め 南花壇


花壇手前の緑色の建物は庭園に入るためのチケット売り場です。庭園は無料ですが、イベントがある日は有料になっています・・・
ミュージアムパスを持っていてもチケットを購入しないと入れません。



天井の彫刻が素晴らしい



「1804年12月4日 ナポレオン1世とジョゼフィーヌの戴冠式」
ジャック・ルイ・ダヴィッド作


戴冠式の絵はルーブル美術館にあるダヴィッド自身が描いたもののレプリカなんですが、ルーブルの絵と違いがありますご存知ですか〜?
後日ルーブルの戴冠式の絵もUPするので知らない方は見比べてくださいね〜



歴史の回廊



写真・言葉では伝えられない美しさです


ルイ・フィリップ・ドルレアンがフランス王となった時、ヴェルサイユから王室住居の性格を除去し、博物館に改装することになりました。自身が情熱を傾けていた歴史が研究分野から科学となった時、絵画・彫刻・素描・版画を集めることに決め、1837年この博物館を開館しました。6000点の絵画と3000点の彫刻が集められています。


    
                                              迫力あったので 



ナポレオン1世


次は庭園へ


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