熊本の旅 不動岩

最後に旦那の思い出の場所へ向かいました
よく友達とつるんで来たり、一人でボーっとするのに来たりしたそうです


麓には凡導寺跡があり、平安時代以降、不動岩の不動尊を信奉する修験道場で、近世寛文の頃(17世紀)には廃寺になったようです。



凡導寺跡


善光寺式一光三尊像(市指定文化財)が安置されています。





不動岩


不動岩の名称は平安時代に山伏がこの山にこもり、不動明王を祀ったことに始まるそうです。


不動岩は5億年以上も前の「変はんれい岩」からできたもので、まだ日本列島の形すらできていない時代のものだそうです。
この「変はんれい岩」が年月をかけて崩れて海に流され、海水に洗われ丸い小石や砂(さざれ石)になり、そのさざれ石が海底に厚く積み重なって強い圧力を受け岩磐となり、その周囲が削り取られて国歌「君が代」の歌詞にある「さざれ石の巌(いわお)」となったものが不動岩だそうです。


伝説があり、
山鹿市三岳の彦岳と不動岩は異母兄弟で、母は実子の不動岩を可愛がっていました。ある日母は首引きをして勝った者に、宝物の3つの玉を与えると約束しました。そこで二人は一生懸命力をふりしぼって戦ったところ、彦岳の方が強く不動岩の首が一ツ目神社まで飛んでしまいました。これが今の首石であり、その時の出血で三玉の土は赤土となりました。首引きの時二人の力で盛り上がってできた山が震岳で、この山の頂上の二つの凹地は首引きの際の縄跡と云われています。



左から前不動・中不動・後不動



展望所からの景色



山鹿の町が見渡せます


展望所まで車で行くことができますが、とても狭い道なので対向車が来るとかなり大変かも・・・


    
                                              さざれ石がわかりますか?


不動明王が祀られています


熊本の旅はここまで〜


2009年1月12日に訪れています


アクセス:産交バス「不動岩入口」下車


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熊本の旅 大宮神社

大阪へ帰る前に産土さんへお参りしていきました


第17代景行天皇が筑紫御巡幸の折、玉名から阿蘇へ向かわれている途中、山鹿にお着きになり杉山に行宮を営ませられ附近の賊を後平定になられたといい、その後、行宮の跡地に天皇を奉祀したそうで、大宮と称するのもこれに由来しているそうです。



皇紀2600年記念の鳥居




      



楼門 宝暦6年(1756)再建




楼門の天井


楼門の天井に干支の絵とローマ数字が描かれていました



拝殿




ご神木と八坂神社


ご祭神は景行天皇、相殿に阿蘇十二神が祀られています。



無病息災の鳥居


右側に小さな鳥居がありますが、腹這いになって健康と病気平癒を願ってくぐり祈願串を奉納します。


もちろん、くぐってみましたよ〜無事通れました


  


ご神木 実のなるモクセイ


明治期に植えられた国内では珍しい実のなる雌木のモクセイで、子孫繁栄の象徴だそうです。



ご朱印


2009年1月12日に訪れています


アクセス:産交バス「裁判所前」下車


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熊本の旅 山鹿市消防団出初式

法事の移動中、偶然に山鹿市消防団出初式に出くわしました



菊池川での放水です
初めて出初式を生で見ました




もっとゆっくり見たかったのですが、法事が待っているので先を急ぎます


2009年1月11日のものです


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熊本の旅 有明海

さて、実家方面へ向かう途中で有明海が見えたのでちょっと止まって撮影タイムを取りました



長洲港



小さな漁船が沢山何が釣れるんでしょうね〜



こちらは何かの養殖?



有明海岸



人が歩いてますね〜


何を獲ったんでしょう?



カモメとトンビ


この二羽の戦いが始まりました



カモメがトンビを追ってます


写真では判らないですが、トンビが餌を銜えているのでトンビの勝ち


2009年1月10日に訪れています


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熊本の旅 雲巌禅寺・五百羅漢・霊巌洞

本妙寺から更に西に向かうと金峰山麓にお寺があります。


雲巌禅寺(うんがんぜんじ)は南北朝時代、天平6年(1351)元の帰化僧、東陵瑛璵(とうりょうえいよ)によって建立されました。


建立のいきさつに関して逸話があります。
瑛璵が寺を建てたいと思ったが、そこは深い渕になっていて建てることができない。
或る夜の夢に異形の者が現れて、「自分はこの渕の主、ほら貝であるが、貴僧の志を知った。この渕を貴僧に授ける。自分は今夜、西の方、杉谷に移るので、そのしるしに龍の鱗と貝殻を残して置く。」と告げました。
翌日、東陵が現地に行ってみると、渕は水が枯れ、告げられた二品だけが残っていました。そこで、ここに寺を建て、雲巌禅寺と号しました。
寺宝として龍の鱗とほら貝が保存されているそうです。




仁王像が出迎えてくれます。これは因みに後ろ向きです



本堂



お寺のちゃん


ご本尊は四面馬頭観音像(行基作)。


行基が熊本地方に足を向けられた時のこと、宇土川にかけられた丸木橋が夜中に不思議な光を放ち、渡ろうとすると足が痺れるなどするので、郷民は皆恐れ、殺生橋と名づけていました。
これを聞かれた行基はこの橋木を貰いうけ、七つに切り、川に流し、漂着したところで観音像を刻み安置して悪縁を善縁ならしめんとの誓いをなされました。
雲巌禅寺他、九州西国札所22番・23番・24番・26番・27番、長崎にある観音堂(島原の乱で炎上したと云われている)の七ヶ寺の観音像が同木の七大観音と伝えられているそうです。


五百羅漢と霊巌洞を拝観するには拝観料が必要となります。





五百羅漢と十六羅漢


安永8年(1779)渕田屋儀平という商人が五百羅漢の石像を安置することを発願し、享和2年(1802)に設置を完了したそうです。


残念ながらかなり朽ちてきてます・・・




この鳥は何でしょうか?



閻魔洞



霊巌洞へ向かいます





霊巌洞


洞内に入ることが出来ます


石体四面の岩戸観音(秘仏)が安置されています。


寛永20年(1643)宮本武蔵が霊巌洞に参籠し、「五輪書」を書き始め、正保2年(1645)死に先立つ7日前に門人に授けたそうです。


つい最近まで宮本武蔵が実在の人物とは知りませんでした
浦島太郎的な昔話かと・・・



霊巌洞内 船頭石


石体四面の観音が異国から渡来される時、船頭が楫をあやまって船を覆してしまいました。しかし霊像は板に乗って無事着岸され、その板に乗られたところを「板迫(いたざこ)」といい、着岸地を「仏崎(ほとけざき)」と名づけました。
その時の船頭は船を覆した罪を恐れて石となり、それが洞内にある船頭石であり、潮の満干を知らせると云うそうです。


洞内は神秘的な空気を漂わせている気がしました



ご朱印


2009年1月10日に訪れています


アクセス:産交バス「岩戸観音入口」下車
拝観時間:夏季8:00〜18:00・冬季8:00〜17:00
拝観料:200円


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